Top >  中島みゆき物語 >  2000年代以降~

2000年代以降~

2000年には25年に渡って在籍したポニーキャニオンを離れ、当時創設されたばかりで自らが取締役・主要株主として経営にも参画するミニ・メジャーのレコード会社、ヤマハミュージックコミュニケーションズに移籍。以降現在までヤマハから作品を発表している。

そこから最初にリリースされた中島のシングルが、NHKのテレビ番組『プロジェクトX~挑戦者たち~』の主題歌「地上の星/ヘッドライト・テールライト」である。この曲は主に彼女の作品にこれまで馴染みの薄かった中高年層のサラリーマンを中心に大きな人気を集め、最終的にオリコンのウィークリーシングルチャートTOP100に連続174週に渡ってランクインするという驚異的な記録を打ち立てた。

発売当初、このシングルは全くと言っていいほど話題にならず、HMV天満橋ではNEWリリースのコーナーに置かれなかったなど、存在感は極めて希薄であった。しかし『プロジェクトX』の人気が高まるとともに注目され、アルバム「短篇集」に、1曲目が「地上の星」、ラストが「ヘッドライト・テールライト」という構成で収録された。 ちなみに「短篇集」では、ジャケットの仕様をめぐり岩波書店からクレーム(岩波文庫をもじって「山波文庫」=ヤマハ文庫と表記した)がつき、発売直前になって急遽デザインが差し替えられるというハプニングも起こった。

このロングヒットをきっかけに中島は2002年の第53回紅白歌合戦に出演。『プロジェクトX』内でもとりあげられた黒部ダム(黒部川第四発電所)からの中継で「地上の星」を歌った。このとき初めて“動く中島みゆき”を見た人も多く、番組中最高の歌手別視聴率(52.8%:ビデオリサーチ調べ/関東地区)を記録。また、極寒の中で極度の緊張から歌詞を間違えたにも拘らず反響は大きく、「地上の星」は翌年1月になって発売から2年半近くを経てシングルチャートナンバーワンに輝いた。これはオリコン始まって以来のリリース後最長期間(130週)を経た1位獲得記録である。1970~2000年代までの4年代連続1位獲得とともに、実に中島らしい偉業といえよう。 また2005年12月28日には『プロジェクトX』の最終回に出演。歌詞以外はほとんど声を発すことなく、スタジオで同番組エンドテーマ「ヘッドライト・テールライト」を熱唱し、カリスマ的存在を再びアピールした。 その影響で2006年1月16日、『地上の星/ヘッドライト・テールライト』は、2004年2月2日以来のオリコンシングルチャート100位圏内返り咲き(66位)を達成。通算オリコンシングルチャート100位圏内チャートイン記録を183週に延ばした。

1990年代後半から本格的に行うようになった海外でのレコーディングは21世紀からは主流となり、近年ではヴィニー・カリウタ、ニール・スチューベンハウス、マイケル・トンプソンなどといった有名スタジオ・ミュージシャンを迎えて毎年アルバムを制作するのが恒例となっている。

1998年に一旦休止した『夜会』は2000年から再び不定期で行われるようになり、2006年の『Vol.14 24時着00時発』では東京においてはこれまでのシアターコクーンではなく青山劇場で、そして大阪で初めてシアターBRAVA!において上演された。

2006年、第56回芸術選奨 文部科学大臣賞を受賞した。コンサートツアー2005が評価されてのこと。シンガーソングライターとしては初の受賞者。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

中島みゆき物語

関連エントリー

2000年代以降~ 1990年代 1980年代 デビュー - 1970年代後半 幼年期 - デビュー前


スポンサードリンク
更新履歴